前回のあらすじ 06

『心(こころ)』 前回のあらすじ

■第六回(2015年7月4日) 
「両親と私 四十一から四十八」
 
父の元気は次第に衰えていった。
八月の半ば頃になって、私はある朋友から手紙を受け取った。地方の中学教員の口があるが行かないかと書いてあった。私はすぐ返事を出して断り、父と母に其話をした。二人とも私の断ったことに依存はなかった。「そんな所へ行かないまでも、もっといい口があるだろう」迂闊な父や母は、不相当な地位と収入とを卒業したての私から期待しているらしかった。「お前のよく先生々々といふ方にでも御願いしたら好いぢゃないか。こんな時こそ」
私は生返事をして席を立った。

父や母の手前、地位を出来る丈の努力で求めつつある如くに装ほはなくてはならなかった。私は先生に手紙を書いて家の事情を詳しく述べ、出来る事があったら何でもするから周旋してくれと頼んだ。私は先生が私の依頼に取り合ふまいと思いながら此の手紙を書いた。先生からは一週間経っても何の音信もなかった。

私が愈東京へ立たうといふ間際になって、父は又突然引っ繰り返った。私は不安の為に、出立の日が来てもついに東京へ立つ気が起こらなかった。又三四日過ごし、父が又卒倒した。医者は絶対臥あんがを命じた。
父の病気は同じやうな状態で一週間以上つづいた。病人があるので自然家の出入りも多くなった。其の中に動かずにいる父の病気はただ面白くない方へ移って行くばかりであった。私は母や伯父と相談して、兄と妹に電報を打った。

私が父の枕元を離れて、独り取り乱した書物の中に腕組みをしている所へ母が顔を出した。
「御父さんの生きて御出のうちに、御前の口が極ったら嘸(さぞ)安心なさるだらうと思ふんだがね。此様子ぢゃ、とても間に合わないかも知れないけれども、まだ口も慥かなんだから、ああして御出のうちに喜ばして上げるやうに親孝行をおしな」
憐れな私は親孝行の出来ない境遇にいた。私は遂に一行の手紙も先生に出さなかった。

兄と妹の夫とが実家へ着いた。父の病状について、我々よりも楽観的であった。そうしているうちに突然私は一通の電報を先生から受け取った。電報には一寸会いたいが来られるかといふ意味が簡単に書いてあった。兄や妹の夫迄呼び寄せた私が、父の病気を内遣って、東京へ行く訳には行かなかった。私は母と相談して、行かれないといふ返電をうつ事にした。出来る丈簡略な言葉で父の病気の危篤に陥りつつある旨も付け加えたが、夫でも気が済まなかったから、委細手紙として、細かい事情をその日のうちに認ためて郵便で出した。頼んだ位地の事とばかり信じきった母は「本当に間の悪い時は仕方のないものだね」と云って残念そうな顔をした。

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