前回のあらすじ 01

『心(こころ)』 前回のあらすじ

■第一回(2015年1月31日) /「先生と私 一から八」 
「私」が先生と知り合いになったのは鎌倉である。そのとき私はまだ若々しい書生で、暑中休暇を利用して海水浴へきていた。一緒に来ていた友人は先に帰ってしまい、一人。毎日海へ入りに出掛けていた。その海で、人に溢れた砂の上に先生を見つけ出した。最初は一人の西洋人の白い肌が目にとまった、そしてその人と一緒にいたのが先生だった。
私は毎日退屈していたので、翌日も先生と会った時刻を見計らって出て行った。その翌日も、あくる日も。そうしているうちに、初めて言葉を交わした。一緒に海へ入っていって、波の上に寝た。「先生」と呼ぶようになった。

月末に東京へ帰った。鎌倉の景色と一変して、初めは大都会の空気が新鮮に感じ、鎌倉の気分がだんだん薄くなってきた。しかし一ヶ月もすると私の心に一種のたるみが出て来た。また先生に会いたくなった。
先生のうちを訪ねると、留守であった。その次も、また留守であった。奥さんらしい美しい人が出て来て、先生の出先を教えてくれた。先生が毎月花を手向けに行くという雑司ヶ谷の墓地へ、私も行ってみることにした。

墓地のすぐそばにある茶店から先生が出て来た。「先生」と声をかけると、先生は立ち止って私を見た。落ち着いてはいたけれど、その表情に曇りがあった。私は、私がどうして此所へきたかを先生に話した。墓の間をぬけながら、大きな銀杏の木下を通った。先生は、友人の墓がある事を教えてくれた。

私はそれから時々先生を訪ねた。先生はいつも静かであった。初めの頃に感じていた近付き難い雰囲気は、それゆえに「どうしても近づかなければならない」という強い働きに変わっていった。あるとき、墓参りに一緒に連れて行ってほしいと申し出たおり、先生の眉間に曇りが差した。雑司ヶ谷の墓地で声を掛けたときも全く同じ表情をした。不思議に思ったが、そのままにして打ち過ぎた。今考えると、その私の態度がゆえに、先生と人間らしい温かい付き合いができたのだと思う。もし私の好奇心が先生に向かって研究的に働きかけたなら、二人の間を繋ぐ同情の糸はふつりと切れてしまっていただろう。

私は月に二、三度先生の宅に訪ねるようになった。先生の交際の範囲は極めて狭く、私の来るのを不思議に思っていた。何時の間にか食卓で飯をくうようになり、自然の結果、奥さんとも口を利くようになった。
あるとき私は先生のうちで酒を飲まされた。そのとき奥さんが出て来て傍で酌をしてくれた。
「子供でもあると好いんですがね」と奥さんは私の方を向いていった。私は「そうですな」と答えた。しかし私の心には何の同情も起らなかった。子供を持った事のないその時の私は、子供をただうるさいもののように考えていた。
「一人貰ってやろうか」と先生がいった。「もらいッ子じゃ、ねえあなた」と奥さんはまた私の方を向いた。
「子供はいつまで経ったってできっこないよ」と先生がいった。
 奥さんは黙っていた。「なぜです」と私が代りに聞いた時先生は「天罰だからさ」といって高く笑った。